デイサービスでの実践活動

デイサービスでのアートクラスは常に発見と驚きがある。認知症が進んでも感受性は鋭敏化し、そこに美術の力を見る

医療法人社団いばらき会デイサービスセンター「たびこの湯」「おおみかの湯」でのアートクラス実践報告

医療法人社団いばらき会との出会い

筆者と在宅医療を中心とした医療法人社団いばらき会との出会いは、親族の最期を看取っていただいたことに始まる。住み慣れた自宅で、身内の見守る中での臨終は、「満ち足りた死」と言える、静かで荘厳な自然なものであった。暖かな終末期医療を目指し、誠心誠意取り組む照沼医師と多くのスタッフの方々の姿は、生と死に正面から立ち向かう威厳が感じられた。このときをきっかけに、人生の終末期のあり方を考え、そこに芸術が深く関われるのではないかとの思いを強く持つようになった。

私自身、さまざまな精神的苦境を描くことで乗り越えてきたという経緯がある。そのことが、美術の持つ力が必ず喪失感にさいなまれている方々の日々の杖になるであろうという確信を深めさせてもいたのである。半ば強引に、照沼医師との話し合いを続け、今まで異分野との思いがあった医療の世界に美術のフィールドを持ち込むこととなった。

美術の実践にあたって

まず診療所内に、季節にふさわしい作品を展示することから始まった。このことで、患者の多くを占める高齢者と対話の機会を得ることができた。その大半の反応は「絵を見るのは好きだけど、描くのは苦手で…」であった。それまで、個展やパブリックアートという形で、多くの方々に作品を見ていただく機会を得てきたつもりであったが、高齢期にある方々にとって、「美術」は、実に遠い存在であることに、まさに気づかされた瞬間であった。

かねてより県の高齢者事業において、60歳以上の方の絵画講座を担当してきたが、絵を習いたいという希望を持った方々でさえ、美術への苦手意識は根深いものがある。これは年代を問わず厳然とした反応で、学校教育での美術教育のあり方を考えさせられるものでもある。

当然ながら、この苦手意識はデイサービスセンターの高齢者も例外ではなかった。絵を描くとわかった瞬間に、「下手だから」「きらいだから」の声が聞こえる。頑なに拒む姿も珍しいことではない。「これを描かせて、私の何を見るの?」という質問には、複雑な拒否感を思い知らされた。

長らく美術教育の現場では、表現されたものの「意味=何を表しているのか」を、あたかもテストの解答を求めるがごとく、見るものに課してきた。そして、表現する行為自体にすら「意味=何のためにするのか」を与えようとしてきた。このことが、美術への苦手意識のひとつの原因となってきたことは否めない。
この平板な「意味」の所在が、医療の現場での美術を難しくしているのではないかと思う。苦手な「美術をやることに何の意味があるのか」「絵を描くことで何を得られるのか」「こんなことをやって何になるのか」と、常に問われるからである。それは、どんなに認知症の進行した方でも同様である。

翻って私自身、作品の制作を続けるなかで、「なぜ、描くのか」という問いを抱えてきた。それは、「人間はなぜ描くのか」という問いへとつながる。「描きたい」ということが何に由来するのか、「表現すること」が私にとって、人間にとってどんな意味を持つのかを掴むために制作を続けているとも言える。

だからこそ、この問いへの答えは深く難しい。これに答えるものは、表現することに常に真摯に向き合い、その深さを真に実感し、日々考えるものでなければならないと思う。その問いは、「生きるとは何か、何のために生きるのか」と、まさに同義だと思うからである。表現の向かう所は「人間の生」そのものを考える所でもあり、自己を既存の概念から解放する術であると思う。そしてこれは、少数のものにのみ与えられるものではなく、すべての人に等しく与えられた本能とでも言うべき「可能性」であると考えている。

実践Ⅱ−美術が身近になる環境作り

写集1 エントランスホール壁画「季の再生ー風の色」  写集2 ギャラリー2003「顕われるもの・横尾哲生展」

[左]写集1 エントランスホール壁画「季の再生ー風の色」制作 藤原ゆみこ
初めて施設を訪れる利用者の不安をいくらかでも和らげたいと考えたプラン。四季の移ろいと再生に、ひとの生と死への想いもこめている。

[右]写集2 ギャラリー2003「顕われるもの・横尾哲生展」
作品の展示されている空間の中を自由に動き回り、触れてもよいよう安全性に配慮した。また、ギャラリートーク・鑑賞会を設け、どんな想いで作家が作品に向かっているのかがわかる機会を提供した。しかし現在、さまぎまな要因から困難な状況となり、残念ながら休止状態にある。これも、現実化を図る上での問題点の提起となっている。

医療法人いばらき会のふたつのデイサービスセンターは、認知症状態にある方の割合が高い。要介護度が高く、通常、在宅では困難と思える状態の方も通所している。これはいばらき会の在宅医療・訪問看護の充実の成果であると言えるであろう。

しかしながら、芸術に触れる機会はほとんど得られないのが実情である。デイサービスセンターに来ることが、その機会になればとの思いから、2002年、建設段階にあった「たびこの湯」のエントランスホールに壁画を制作設置(写真1)。送迎のバス、入り口のシンボルツリー、案内板のデザイン等も建築家・施設担当者・美術家が検討しあい、決定していった。

また、施設内にギャラリーを設け、作家の個展を展開していくこととなった。めまぐるしい変化は混乱をきたすと思われたため、会期は半年と個展としては異例の長さに設定した。安全性や展示方法など、この施設ならではの工夫と検討を必要としたが、美術作家にとっても貴重な機会となった(写真2)。

空間を美術的環境としていくとともに、アートクラス実施に先駆けて、ケアの提供者側の意識改革も図ることとなった。物理的な環境も大切ではあるが、それ以上に人的環境も大きな作用を持つからである。認知症、半身不随等の身体症状のある方々30名以上の実技講座は、人手を要するものである。当然、現場の介護士、看護師のサポートが必要となる。

表1 介護スタッフのためのアートクラスザポートのポイント

① 選択の機会を奪わない*
② ゆっくり待つ。仕上げることにこだわらない
③ 身体機能的なことへの手助けは行うが、表現行為そのものへの介入はしない
④ 自分の価値観念で評価しない

認知症の方にとって、選択するという行為はかなりの困難を伴い、ともすれば介助者はその機会をあえて避けている場合も多い。が、混乱を避ける手助けをしていけば、色・形・大きさ等に関する個人の選択は、思いがけない個性と可能性を見いだすことにもつながる。

しかし、スタッフが狭い既成概念で表現を誘導したり、どうせ描けないからといってスタッフが描いてしまったりしたのでは、まったく意味を成さない。また、制作過程での言葉がけによって、その意欲は繊細に変化する。上手な作品を造ることが目的ではないことへの理解を深め、表現の認識を広げることを目的に、全8回のスタッフレクチャーを行った。スタッフ自身が利用者と同じ内容のプログラムを体験し心を動かすことで、スタッフ同士の対話も生まれ、一緒に楽しんでいこうという気持ちが生まれたように思う(表1)。

実践Ⅲ−それぞれの表現をめざして

表2 プログラム作成上の留意点

① 作品に優劣がつかない
② 五感を刺敵する
③ 選択の機会をつくる= 色・素材・サイズ等
④ 季節感のあるモチーフを使う*

*話題だけではなく、実際に花、野草、野菜等の実物を提供することで、その手触りや香りを確認し、記憶の底に眠るそのものへの思いを喚起すること。ことに、春を象徴するふきのとう、秋のまだ青い栗等、出会う機会の少ないものをモチーフとした場合、思い出が尽きずしばらく談義が続くことも多い。

実践していく上で最も重要なのは、プログラムの内容が、利用者の能動的な動機を得られるかどうかである。デイサービスセンターの利用者は、その障害の程度や認知症の有無、身体状況にかなりのばらつきがある。視覚障害、聴覚障害を併せ持つ場合も多く、その特性が幅広いため、受講生全員が満足感を持てるプログラムであることはかなり難しい。しかし、隔週の受講を通年行うことで必ず 得意な表現方法に出会えるような内容を目指した(表2)。

受講者は実に50〜70年ぶりに絵筆を握る方たちであり、先の苦手意識もかなり強くある。「美術」への既成概念を取り払い、精神を開放し表現する楽しさを得ることを念頭に、一般の評価にとらわれない、その個人の独自な表現を引き出したいと考えている。自分が徐々に何もできなくなっていくことへの喪失感を言葉で表現することができず自棄的になり、常に受動的に生活することを余儀なくされている方々は、すぐに積極的に取り組む姿勢になれようはずもない。

しかし、花、草、音、香り、手触りをモチーフとして提示していくと、必ず記憶の扉が開き始める(写真3、4)。遠い幸福な記憶を呼び覚ますことは、今までの自己の人生を肯定し、今の自分を受け入れていくことにつながると思われる。さらにそれを記憶の色・イメージとして描いていくことで現在の新たな意義を与え、より積極的な達成感を得ることができると考える。

写集3 「秋を感じよう(1)」  写集3 「秋を感じよう(2)」

写集3「秋を感じよう」
目の前のモチーフを実際に観察しながら、自身の秋への想いや思い出をたどり、アクリル絵の具で描く

写集4「お正月の色と形(1)」  写集4「お正月の色と形(2)」

写集4「お正月の色と形」
お正月の気持ちとともに、その印象を色・形に例えるとしたら…。そのイメージにふさわしい色画用紙(30色)の中から選択し、折り、切り、貼って造る。

また、同じプログラムで描かれた作品が実にさまざまであり、一枚として同じものがないことには新鮮な驚きがあったようである。通常、介助者は「みんな同じ」であることにこだわりがちであるが、表現行為はあくまで個人のものである。その違いを認めあうことが、他者への興味を喚起し、会話が生まれた。

同じ施設にかなり長い期間居合わせても、それぞれの利用者はお互いの名前さえ知らない(興味がない)ことが多い。他者を感じることは、自己を見ることでもあろう。また、その作品を通じて、家族との関係が好転していく場合もある。失った機能ばかりに眼を奪われがちな近親のものにとって、思いがけない美しい作品を描く残存した力を再確認することはうれしい驚きである。

毎回が試行錯誤の連続であるが、笑わなかった重症の認知症の方が満面の笑顔を見せてくださり、描けないからと嫌がっていた方が嬉々として筆を走らせているとき、そこに美術のひとつの可能性を見たように思える。陶芸家をゲストとして粘土の菊練りを見せていただいたとき、自分もやってみたいと、普段立てなかった方が、支えられながらも懸命に立ち上がり練った姿が印象に深い。

デイアートクラス・利用者作品

絵画を専門とする私だが、デイサービスセンターでのアートクラスは常に発見と驚きに満ちている(写真5、6、7、8、9)。色に対する感覚、形への本能的とも思える感情、そして触覚に対する感覚の記憶の確かさは、どんなに認知症が進んでも衰えていない。むしろ、感受性は鋭敏化していると思う。言葉が介在しない表現の世界は、もしかしたらこの方たちが最も得意とし、また必要としているものではないかとさえ思える。

芸術は、限られた者のみの持ち物ではない。すべての人に許された表現行為は、たぶん、人間に与えられた生きるための術なのではないかと考えている。

写集5「わたしの手」

写集5「わたしの手」
自身の手を画面に当て、その形をオイルパステルでなぞっていく。それを何度も重ね、線で囲まれた空間を色で充填していくことで、思わぬ画面が現れる。

写集6「身近な物を再発見」

写集6「身近な物を再発見」
いつも見慣れているはずの野菜たちを改めて観察すると、必ず新たな発見がある。石粉粘土で丹念に造る。

写集7「空想を広げよう」

写集7「空想を広げよう」
様々な木材から選択し、空想を広げ、自由に着色する。

写集8「夏野菜の絵手紙を描こう」

写集8「夏野菜の絵手紙を描こう」
身近な夏野菜を観察し、送りたい人を思いながら描く。

写集9「音の色・ブルガリア農耕歌を聴いて」

写集9「音の色・ブルガリア農耕歌を聴いて」
初めて聞く音楽。そのイメージを自由に描く。

 

医療と美術のリエゾン
ー医療法人社団いばらき会デイサービスセンターでの実践ー

いばらき診療所理事長 照沼秀也

藤田道也教授との出会い

今から20数年前のことになる。大学院の学生に在籍していたとき、多くの先生にお世話になったが、なかでも生化学教室第二教室の藤田道也教授には朝から晩まで大変お世話になった。そのなかで今でもとても楽しく思い出せることは、何回か連れていっていただいたスケッチである。都田のもみじや佐鳴湖の運河など、色彩あふれる自然が、当時の浜松にはたくさんあった。

また休日には、絵画の展覧会に誘っていただいたこともある。オディロン, ルドンのアネモネやデュフィーの軽快なタッチ、マックス、クリンガーの表現力など、自分の知らない世界を教えていただき、とても楽しい時間を過ごさせていただいた。

藤田教授はまた、バイオリンの名手でもあり、何かの折、モーツアルトのバイオリンとピアノのソナタを、自分のあまりうまくないピアノに合わせていただいたこともあった。そんな藤田先生はよく「リエゾン」という言葉を口にされた。

プログラムの実践例

プログラムの実践例
五感を刺激し、独自の表現を引き出せるよう、導入の言葉がけは特に注意する。未体験の事物には拒否反応も大きく、制作に入るまでにかなりの時間を要するが、描き始めると思わぬ表現が得られる。
»右の画像を拡大する

当時はあまり気にせずうかがっていたが、想像するに藤田先生の教えは、医学は医学を取り巻くリエゾンの大きさゆえに、感性鋭く観察すれば、楽しくもあり尽きない興味がわくフィールドだと言外に言っておられたような気がする。ご存じのように医学をベースにした医療は、診察、診断、治療ととてもシステマチックに動いていて、どちらかというとデジタルに物事をとらえようとする側面が強いフィールドである。
ところが、生身の患者との診察の中では、どちらかというと感性の鋭さを必要とする判断が多いのが現状である。言い換えると、どれだけ患者の訴えを正確に捉えるかはひとえに医療スタッフの感性の鋭さにかかっているといっても過言ではない。

医療スタッフは、患者から感じ取ったことをメモにして蓄え、病気の診断の基礎情報とする。また、治療をする際にも、いくつかの選択肢の中で患者に最善なものを選ぼうとすると、やはり患者の心の動きを感じなくてはならない。このように医療の世界では、感じるということがとても大切な作業になる。

一方、美術はということになると私にはよくわからないが、ひとつだけわかってきたことは、美術の世界は奥が深そうだ、ということと、やはり研ぎ澄まされた感性を必要とされるフィールドのようだということである。

美術と医療のリエゾン、このフィールドがどのようなものか、見ようとした人がいなかったのも事実である。今はじめて見ようとすると、不思議な世界が広がっている。見慣れない世界、何となく広そうな世界である。このリエゾン、いつの日か、見慣れた親しみのある景色になってくれるような気がする。

リエゾンのフィールドに入って

さて、実際にリエゾンのフィールドに入ってみよう。まずは、医療人と美術家が仲良くなることから始めた。共通の話題は食の問題だったように思う。フレンチのシェフにも入っていただき夜の更けるまでさまざまなブレーンストーミングをしたが、そのなかで興味深かったテーマに、食事をする時の光、朝ごはん、昼ごはん,夕ごはんにはそれぞれに光の大切さがあるという話題が特に強く印象に残っている。

特に夕暮れ時、いろりの火、炭の赤く光る暖かさ、ライトもできれば白熱灯のオレンジ色が食事には必要ということも医療人の意識しない重要な世界であった。というのも、食事をおいしく楽しく食べていただくということは、医療にとって重要であると同様、美術にとっても大切なことらしいのである。

また風の問題も日本人にとって重要であった。ナウシカだけではなかったのである。夏、南風の通る木造の家屋、南東の向きに立つ部屋、畳の匂いも日本人の求めてきた理想の時間であったようである。虫の音、鳥の鳴き声、木々の緑、野の花、桜の花など、日本人は自分を見つめるときに無意識に自然を取り入れて自分の時間に同化していた。

このようなさまざまな話題で美術家と医療人が同じ時間を過ごすうちに、美術家が大切にする重要な要件が、自分時間の感じ方と表現であることに驚いた。ある美術家は楽しさを、またある美術家はふとさびしさを見つめているが、ある意味心象への祈りであり、言い換えれば死生観につながる大きなフィールドであった。

美術家のいう美術は美術をする時間であり、その時の感性の光こそが美術の本質であるらしい。作品はその光の表現物である。

筆者も、美術家の先生方がデイサービスでスタッフや高齢者の方々とともに美術を実施しているのに触れ、美術のもつ自分時間の見つめが、診療所のスタッフをはじめ認知症の方々に至るまで、さまざまな光を出すのを感じた。

私たちは生きていくうちに否応なしに喜怒哀楽に晒される。これは、新しい生命が生まれては喜び、時間がたつにつれて病が生じ死を迎えなければいけない生命体の宿命である。朝が来ると必ず夜になり、また春が来ると冬を迎える。雨季の後には乾期が来る自然の営みにも似ている。美術には、その中で精一杯生きようとする命に感動し、また自分で死を選ぶ命にも、再生を感じる医療にも似た世界が広がっている。

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